「早出残業」として残業代を請求できるケース、できないケース

「残業」というと、定時が過ぎても夜遅くまで会社に残って仕事をしているような光景が、まず頭に思い浮かぶのではないでしょうか。

しかし、残業はそれにとどまらず、定時の始業時間より早く出勤して仕事をする場合、いわゆる「早出」の場合にも発生する可能性があります。

「早出残業」の場合も、残業は残業ですから、夜遅くまで残って働くような残業と同様に、残業をした時間に相当するだけの残業代を受け取る権利が労働者にはあります。

どのような場合に早出残業にあたるとして残業代を請求できるのでしょうか。そしてどのような場合には早出残業にあたらないのでしょうか。
また、残業代はどのようにして請求すればよいのでしょうか。

今回は、早出残業とその残業代について、解説していきます。

始業時間前の労働は「早出残業」に該当する可能性がある

「早出残業」とは、始業時間前の残業のことをいいます。
始業時間の前でも、終業時間の後でも、客観的に労働時間と認められる場合には残業代が発生する可能性があります。

(1)いわゆる「残業」と法律的な「時間外労働」の違い

いわゆる「残業」というと、会社ごとの「所定労働時間」を超える労働時間を指すことが多いでしょう。

ただし、法律的には、労働基準法第32条で定められている「法定労働時間(1日8時間、1週40時間)」を超える労働時間のことを指して「時間外労働」と呼んでいます。

1項 使用者は、労働者に、休憩時間を除き1週間について40時間を超えて、労働させてはならない。
2項 使用者は、1週間の各日については、労働者に、休憩時間を除き1日について8時間を超えて、労働させてはならない。
引用:労働基準法第32条

労働基準法第36条が定める労使協定(36協定)を締結し届け出た場合には時間外労働や休日労働が可能となりますが、2019年4月施行の「働き方改革関連法(働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律)」により、「時間外労働の上限規制」(原則として月45時間、年間360時間まで。労働基準法第36条4項)が、大企業では2019年4月から、中小企業では2020年4月から適用されています。

臨時的な特別の事情があって労使が合意する場合には、特別条項を結んだ上で原則の上限時間(月45時間、年360時間)を超える時間外労働をさせることが可能ですが、その場合でも、以下の上限規制を守らなければなりません。

  • 時間外労働が年720時間以内
  • 時間外労働と休日労働の合計が月100時間未満
  • 時間外労働と休日労働の合計について、複数月の平均(2~6ヶ月の各平均)がすべて1月当たり80時間以内
  • 時間外労働が月45時間を超えることができるのは年6ヶ月まで

上記の上限規制に違反した場合には、6ヶ月以下の懲役又は30万円以下の罰金が科されるおそれがあります。

参考:時間外労働の上限規制|厚生労働省

(2)早出残業代の計算方法

法定労働時間内の「残業」には通常の賃金が、法定労働時間外の「時間外労働」には所定の割増賃金率が加算された賃金が、それぞれ残業代として支払われることになります。

つまり残業代は、「1時間あたりの賃金×法定労働時間内の残業時間数」と「1時間あたりの賃金×法定外労働時間数×割増賃金率」の合算となります。

割増賃金率は、1ヶ月当たり60時間以内の時間外労働に対しては25%、60時間を超過した分の時間外労働に対しては50%となっています(中小企業の場合は2023年3月までは25%)。

なお、早出残業の開始時刻が5時より前の場合は、深夜時間帯(22〜5時)の労働に対する深夜割増賃金率(25%)も加算されることになります。

(3)残業代の請求には消滅時効期間がある

残業代をさかのぼって請求する場合には、賃金請求権の消滅時効期間に注意する必要があります。

従来、賃金請求権の消滅時効期間は、当該給与の支払日から「2年」とされていましたが、2020年4月1日の労働基準法改正により「5年」に延長されました。
ただし、経過措置として、当面は「3年」が適用されます。

「2年」と「3年」のどちらの請求期間が該当するかは、支払い期日の到来が改正法施行日(2020年4月1日)以前か以後かで判断されることになります。
つまり、支払い期日が2020年4月1日より前に到来する賃金請求権であれば消滅時効期間は2年、支払い期日が2020年4月1日以降に到来する賃金請求権であれば消滅時効期間は3年ということになります。

「早出残業」に該当するケース、該当しないケース

終業時間後と同様に、始業時間前でも、客観的に「労働時間」と認められる場合には残業代が発生します。

そして、ある行為をしている時間が「労働時間」にあたるかどうかは、客観的に見て会社や責任者の指揮命令下に置かれていると評価されるかどうかで判断されることになります。

以下では、早出残業に該当するケース、該当しないケースの代表例をみていきます。

参考:労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン(平成29年1月20日策定)|厚生労働省

(1)「早出残業」に該当する代表的なケース

基本的に、会社の指示のもとで行なわれる行為をしている時間は、「客観的に見て使用者の指揮命令下に置かれている」時間と評価できるため、労働時間に含まれます。
早出残業の代表例には、以下のようなものがあります。

  • 業務指示
  • ラジオ体操、清掃、朝礼
  • 研修参加、学習
  • 制服や作業服の着用
  • 開店準備

(2)「早出残業」に該当しない代表的なケース

一方で、いくら「早出」していても、それが会社の指示のもとで行われたものでない場合は、その時間は「早出残業」とは認められません。
早出残業に該当しない代表例には、以下のようなものがあります。

  • 会社が明確に早出残業を禁止しているにもかかわらず、自発的に早く出勤している
  • 通勤時の混雑を避けるために自発的に早く出勤している

「早出残業」の残業代の請求方法

早出残業の残業代をさかのぼって会社に支払ってもらいたい場合は、消滅時効期間を迎える前に請求する必要があります。

スムーズな支払いをお望みであれば、労働トラブルに詳しい弁護士に早めに相談することをおすすめします。

(1)早出残業の証拠を集める

訴訟になれば裁判所は証拠によって事実を認定しますし、会社に対して直接請求する場合にも証拠がなければ相手にしてもらえない可能性もあります。
そこで、以下のようにして、早出残業をしていたという事実を証明できる証拠を集めるようにしましょう。

  • 雇用契約書や就業規則、給与明細やタイムカードを証拠として揃える
  • 原則として労働時間は、タイムカード、日報、web打刻ソフトのスクリーンショット、出勤簿などが主な証拠となる

(2)残業代を計算し、会社に支払いを申し入れる

いきなり法的措置をとる前に、まずは直接会社に支払いを申し入れて穏便な解決を目指すのが良いでしょう。

稀ではありますが、退職後でも会社が話し合いに応じてくれるケースもあります。

(3)会社と話がまとまらない場合は、弁護士に相談する

会社が話し合いに応じてくれない場合や期待した交渉結果を得られなかった場合は、労働トラブルに精通した弁護士に相談すると良いでしょう。

内容証明郵便の書面作成や労働審判、裁判手続きは自分で行うことも可能です。
しかし、書類の不備や手続き上のトラブルを防ぐとともに、手続きを有利に進めるためには法律の専門知識とサポートが必要になります。
そのため、専門家に相談・依頼することをおすすめします。

(4)残業代の消滅時効期間を更新猶予する

早出残業代の支払いを請求する旨の内容証明郵便を会社に送付することで、残業代請求権の消滅時効を更新猶予(時効の完成を6ヶ月間延期)することができます。
特に消滅時効が近い場合は、早急に内容証明郵便を送付することが重要です。
また、このように、相手方に対して一定の行為を請求することを「催告」と呼びます。

1項 催告があったときは、その時から6箇月を経過するまでの間は、時効は、完成しない。
2項 催告によって時効の完成が猶予されている間にされた再度の催告は、前項の規定による時効の完成猶予の効力を有しない。
引用:民法第150条(催告による時効の完成猶予)

なお、内容証明郵便とは、いつ、いかなる内容の文書が、誰から誰あてに差し出されたのかということを、差出人が作成した謄本(原本の全部の写し)によって日本郵便が証明する制度です。もちろん郵便局の窓口でも差し出すことができますし、インターネットで24時間受付も行っています。

参考:内容証明|日本郵便

(5)労働基準監督署に相談する

証拠を取り揃えて労働基準監督署(労基署)に相談することで、対応方法についてのアドバイスが得られたり、場合によっては会社に支払いの指導(の検討)をしてもらえたりするケースもあります。

労働基準監督署は、企業が労働基準法違反をしている可能性がある場合に調査や指導対応を行う厚生労働省の第一線機関です。
労働基準監督署への相談を会社に内密で行いたい場合は、匿名で相談することも可能です。

参考:労働基準監督署の役割|厚生労働省
参考:全国労働基準監督署の所在案内|厚生労働省

(6)労働審判を申立てる

ここまでの対応で満足いく結果を得られない場合は、法的措置をとることになります。

まず考えられるのは、労働審判手続を利用することです。
労使双方による話し合いで合意できなかった場合に、審判によって結論を出してもらうことができます。

労働審判は、解雇や給料の不払いなど、個々の労働者と事業主との間の労働関係のトラブルを、その実情に即し、迅速、適正かつ実効的に解決するための手続です。
非公開で行われ、裁判官と労働関係の専門家による労働審判委員会が、3回以内の期日で、雇用関係の紛争の解決にあたります。
ここでは、まず調停による解決が試みられ、調停が成立すれば裁判上の和解と同一の効力が得られますが、調停が不成立の場合には、労働審判委員会が判断を下します。
労働審判の結果に異議がなければ、その審判は、裁判上の和解や確定判決と同様の法的効力を持つことになります。
当事者が異議を申立てた場合には、審判は効力を失い、訴訟へ移行します。

参考:労働審判手続|裁判所 – Courts in Japan

(7)労働訴訟を起こす

先に述べた労働審判を経ずに訴訟を起こすことも可能です。

裁判で早出残業代の請求が認められて支払い命令が下れば、残業代に加えて所定の遅延損害金(在職中なら年利最大3.0%(2020年4月1日から3年間、その後は随時改定)、退職後なら年利最大14.6%)も受け取ることができます。

また、付加金(労働基準法第114条)の支払い命令が出る可能性もあります。

【まとめ】早出残業代に関する疑問・悩みは弁護士にご相談ください

今回の記事のまとめは以下のとおりです。

  • 始業時間前の労働は「早出残業」に該当する可能性があります。
  • 「労働時間」とは「客観的に使用者の指揮命令下に置かれている」時間のことをいうため、会社の指示のもとで行われているラジオ体操、清掃、朝礼などの時間も、早出残業に該当することになります。
  • 早出残業をしているのに残業代が支払われていない場合は、証拠をそろえ、残業代を計算した上で会社に支払いを申し入れましょう。話がまとまらない場合は、弁護士や労働基準監督署に相談し、場合によっては労働審判や訴訟といった法的措置も検討することになります。また残業代請求権の消滅時効にも注意しましょう。

早出残業を強いられているにもかかわらず、早出残業に関する証拠が充足していたり、会社が取り合ってくれなかったりする等、早出残業についてお悩みの方は、弁護士への相談もご検討ください。

この記事の監修弁護士
髙野 文幸
弁護士 髙野 文幸

弁護士に相談に来られる方々の事案は千差万別であり、相談を受けた弁護士には事案に応じた適格な法的助言が求められます。しかしながら、単なる法的助言の提供に終始してはいけません。依頼者の方と共に事案に向き合い、できるだけ依頼者の方の利益となる解決ができないかと真撃に取り組む姿勢がなければ、弁護士は依頼者の方から信頼を得られません。私は、そうした姿勢をもってご相談を受けた事案に取り組み、皆様方のお役に立てられますよう努力する所存であります。

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